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同窓生からのメッセージ 001|同期会から学ぶ|渡邉 宣隆|東北大学教育学部同窓会

同期会から学ぶ

渡邉 宣隆

学校教育理科専攻 1968年卒

1 はじめに

9月中旬、三年ぶりに「古希の祝い」と称して同期会を開いた。同期会の名簿登載者で音信が定かな約半数150名弱の人たちに案内をしたが参加者は約三分の一の43名であった。病を押して参加してくれたものもおり、それでもよく集まってくれたと10名の役員は喜んでいた。二次会にもその半数の人が来てくれて大いに盛り上がった。音楽家(作曲・指揮者で、ある楽団の主宰者)や県選挙管理委員会委員長、元小・中・高・大学の教員(中にはまだ現役の大学教員もいた)、元某市の市長、元某町の教育長、元某大手民間企業の部長、障害者支援NPOの理事長や障害者施設の施設長、元某放送局部長、元某大学病院の生理検査研究員等々多彩なメンバーの集まりになった。懐かしい学生時代の話とともに職業を通して得た知見や人としての在り方・生き方など傾聴に値する話があちらこちらで飛び交っていた。

これは後日送られてきた御礼のメールの一文である。原文のまま記す。

「ともかく、同期会のプラス面を今回は更に大きく実感、大変有難い思いで帰京しました。主に専科以外は友情は限られるあの時期の大学では、小さなきっかけだったでしょうか、それが今は、半世紀を越す醸造を経て、素晴しい味わいへ進んでいるように思います。」

そんな雰囲気の同期会で、人間いつまでたってもより良く生きよう、生きていきたいと思う気持ちは萎えないものだなと感じ入った。何歳になっても自分を高めようとする向上心こそが人として生きていく以上重要な要素になると考えている。それも、大学時代に培った知見に職を通して得た知見と経験を積み重ねていくことによってはじめて醸成されていくものだと実感させられた。人は皆生まれると、知らぬうちに向上の門をくぐるという。正にこの言葉に尽きる。

2 向上向下の道

禅の言葉に「向上向下の道」という言葉がある。「人は皆生まれると、知らぬうちに向上門をくぐり、向上に励む。己とは何かを問いかけ、一歩一歩向上の道を上がっていく。しかしそれは独りの道である。一人を究めんとする孤独の道。その道の先に向下門という門がある。それは自分が究めたことを世の人々に示せるか、どんな人にも分かる言葉で示せるかを試される門。この向下門を下り得た者のみが本当の意味で人生の合格者だ」と云っている。

とうてい私のような凡人にはくぐれそうにもない門である。「それは生涯にわたって一を抱く者のみに可能な世界」であろう。「ひたすらに一道を歩まれた人、自らの心に一を抱き続けた人だけがくぐれる門」なのだろう。

『人生には分かっているものが二つある。生と死だ。その生と死を結ぶ一回をどう生きるか。こんな大切なことを分からないまま生きていいとは誰も思ってはいまい。古人は「一生一道、使命に燃えて生きろ」と言った。使命とはいったい何に命を使っているかということ。一生は一回しかない。二度と人間に生まれることはない。その二度とない人生をどういう命題を持って生きていくのか。』これは老僧と青年の問答を抜粋したものである。

「二度とない人生をどう生きるか。そのテーマを定めた時、そこに生きる力が湧いてくる。二度とない人生である。一を抱いて生きていきたいものだ」と改めて思った。

3 自分の花を咲かせる

同期会に参加した音楽家の星重昭氏(横浜在住、関東地区同窓会会員)とはこの4年間何度かご一緒していた。彼は在学中オーケストラの首席奏者、指揮者として活動していた。卒業後ピアノ演奏と作曲活動を続け、北欧に3年間在住し多くの音楽家との交流を広げ、帰国後作曲とピアノ演奏に加えチェロ演奏、最近では都山流の尺八の師範の免許を得、洋楽と邦楽の橋渡しに役立つことを夢見て、自分が主宰している楽団に尺八を加え、被災地での演奏活動にも力を入れている。2年前に教育学部同窓会仙台支部の懇親会で演奏していただいている。彼と交流していて感じることは「一道に命を懸けた人の気迫が伝わってくる。この覚悟と実践なしに自分の花を咲かせることはできない」ということである。彼は向下の門をくぐりつつあるようだなと感じている。「自らの命に目覚め、一つ事を見つけ、その一つ事に本気になることによって人は自分の花を咲かせることができる」と云う。自分の花を咲かせる秘訣は心の中にあるということなんだと。ふと、相田みつを氏の詩を書きたくなった。本気という題である。

なんでもいいからさ
本気でやってごらん
本気でやれば
たのしいから
本気でやれば
つかれないから
つかれても
つかれが
さわやかだから

4 おわりに

私の好きな言葉に「其位素行」という言葉がある。礼記・中庸から孔子の孫、子思が記したといわれている。「君子は其の位に素して行いその外は願わず」と、続けて「富貴に素しては富貴に行い、貧賤に素しては貧賤に行い、夷狄に素しては夷狄に行い、患難に素しては患難に行い、君子入るとして自得せざる無し」となる。日本文的に表すと、「裕福で地位の高い時も、貧しくて地位が低い時も、辺鄙な地にいる時も、苦難の真っ只中にある時も驕らずへこたれず、その立場にある者として最高最善の努力をする。君子はどんな環境にいても悠々自適である」という意味になる。在校生の皆さんには謙虚に先生や先輩・同期生・後輩から学び、未知の可能性の狩人として未来の可能性を探し、発見し、手にするため、普段から最大限の努力を惜しまず、勉学や生活に励んでほしいと思います。

※ 本文の執筆にあたり月刊誌「致知」(致知出版社)各号を参考にしました。
また、詩の掲載許可を頂戴した「相田みつを美術館」に感謝申し上げます。

(2015年10月)

渡 邉 宣 隆 (わたなべ のぶたか)

1944年 宮城県生まれ
1968年 教育学部学校教育理科専攻卒 
 宮城県・仙台市公立中学校教諭・教頭・校長、仙台市教育局、宮城県教育庁勤務を経て、宮城県教育庁教育監(教育次長兼務)を以て定年退職。その後、仙台大学教授を経て現在、東北大学教育学部同窓会仙台支部支部長、仙台市退職校長会副会長。その他、日本生徒指導学会全国理事、東北教育実践・経営学会副会長を務める。

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